最後の姿
それは数十年前、まだ昭和だった頃の話。
今よりも暑くない夏休みのある日、高3最後の大会に向けて部活に励んでいた。
「なっちゃーーーん」
甘えた声で友達えりこが駆け寄ってきた。
「あれ?なんか今日は顔色が悪いな、この子。どうしたんだろう…」と思った。
私達は演劇部で、練習は校舎の中でしていた。共学ではあったが、当時男女は別々のクラスになっており、校舎は真ん中に階段、左右に教室が4つずつある三階建てだった。
練習でひとつの教室を使っていた私達は、廊下をキャッキャと走り、真ん中の階段をかけ降りた。
その時、階段の途中で男の人とすれ違った。ふと、背中をさわさわと気配が走った。
「今の人…生きてない。でもなんか見覚えあるな」そう思った。
生きてない人とすれ違うことは、私には当たり前だったので特に何も思わなかった。
職員室の先生から鍵と台本を預かり、また階段を駆け上がった時、さっきの男の人が廊下の向こうの方に立っていた。
「あっ、あの人、えりこのお父さんじゃん!」そう思った私はつい「えりこ、お父さんが立ってるよ」と指さした。
すると彼女は……「お父さんっっ!!!」と叫んで、男の人に向かって走り出した。
その時ふわっと男の人は掻き消えた。彼女はわぁっと泣き始め崩れ落ちた。
何が起きたのか、なぜえりこのお父さんが生きてないのか、わけがわからなかった。
でも、生きてはいなかった。
泣き崩れた彼女に話を聞くと、お父さんは3日前から行方不明になっていた。
彼女はお父さんと2人暮らしだったので、心底不安に過ごしていたが、友達には話せなかった。お父さんがどこに行ったのか、何をしているのか、何も手がかりがなかった。
私はその時感じた事として、生きていないということと、体が濡れているように見えたことをえりこに話すべきか悩んだ。
「なっちゃん、お父さんがいること教えてくれておりがとう」とえりこは言った。
だから「感じていることを話していい?」と聞くと、彼女は「教えて欲しい」と言った。
なので、思うことを伝えて、後は彼女の判断にまかせた。
えりこは警察に行方不明の届けを出した。
パトロールする時に気を配ってほしいポイントとして、水のあるところを警察に伝えた。
それから1ヶ月くらいだろうか、車で15分ほどのため池で車両が見つかった。
その中には……。
えりこのお父さんは人生に追いつめられていたのだろう。
大事な娘を置いていってしまった。
でも、娘に会いたかったのだ。
私の知る限り、えりこに霊感はなかった。
でもあの時、彼女は確かにみた。
最後の、綺麗な姿を………。
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